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日々約400字を羅列する脳内すけすけなログ

2024|02|11-20

 

からふる

貴社とか御社とかそんなんどっちでもいいわ。なーにが貴社だよ、汽車の方が好きだわ。といった感じにやさぐれてるけれど、そこまでネガティブでないのはかわいいタオルが私の世界にいてくれるおかげ。

私はライブに参加したら必ずタオルは買うようにしていて。数日前に購入したものはカラフルかつ高彩度のものでとっても好み。干していると狭い部屋だから常に視界に入ってきて幸せな気持ちにしてくれる。それはライブを思い出すからだけでなく、私が色に影響を受けやすい人間だから。

20歳を超えたあたりで一周回ってまたビビッドな色に惹かれるようになり、インテリアやファッションにも如実に現れるようになった。特に黄色や赤やオレンジといった暖色は、分かりやすく元気をもらえるし内に秘めているなにかを焚きつけてくれる気がして好き。だから今の視覚から得られる色のパワーで十分だと思っていたけれど、タオル一枚でこんなに変わるってことは足りてなかったんだ。なら、もっとカラフルにしよう。

カラフル、っていいよね。だってカラーがフルだよ。しかもひらがなにしてもかわいい、からふる。貴社の配属〜でなく、カラフルな人生希望で。

2024-02-11 (Sun.) 17:17

 

屈託のない笑顔

笑顔がかわいい人がタイプ、と聞こえた瞬間に心の中でけっっっと叫んでしまう人間代表だが、最近理解できるようになってきた。いや、本当はとっくに気づいていたけれど気づかないふりをしていたのかも。

笑顔の造形がかわいい、というより屈託のない笑顔を人前で浮かべられる人間性や生き様が好き、ということなんだろう。もちろん前者の人もいるだろうが私は後者を支持したい。

私の顔面はデフォルトである真顔が既におぞましいのに笑顔、しかも歯や歯茎までお披露目するような全力の笑顔なんてなんの呪物だよ、と躊躇してしまい、人前で大きく口を開けて笑うなんて絶対にできない。だから屈託のない笑顔を見ると心底羨ましく思うし、包み隠さずまっすぐに生きてきた人なんだろうと勝手に想像してしまう。失礼な話だ。そしてそういう人がタイプという人間には、不自然な笑顔未満のニヤケを浮かべる私はひどく気持ち悪く映っているのだろうと思い、特大けっっっとなるのだ。本当に失礼の権化のような人間である。

いつまで人の純粋さを妬んで僻んで生きていくつもりなんだろう。笑顔のまぶしい人のまぶしさで私を焼き切ってほしい。

2024-02-12 (Mon.) 21:20

 

一安心

ここ数日、やけに嫌味だったりネガティブなことばかり綴っていた気がするけど、今日は真逆だ。やったね。言葉にすると「あー!よかったー!やったぜー!」といった感じ。語彙力のかけらもなくて私らしい。とにかくよかったみたいよ。

なにがどうよかったのか詳細は書けないけれど、とにかく肩の荷が下りてほっとしている。一安心一安心。そんな安堵と同時に頑張らねば、とも思っている。きっとここは人生のターニングポイントなるものだろうから己を鼓舞して私なりに精進してゆくよ。

ありがとう、日本。ありがとう、世界。ありがとう、宇宙。壮大に感謝したくなるくらいにはテンあげー!って気持ちだけれど私が調子づくとだいたいよくないことが起こるからほどほどにしておきたい。この世のためにも。そろそろ黒歴史の更新もとめたいし。

と、さも有頂天って雰囲気だけど別にそういうわけでもなく、なんだかちょっとへんでむずがゆい一日だったけれど夕方の空気がとてもおいしかったからすべてよしとする。

2024-02-13 (Tue.) 16:45

 

労働人生

私の人生の最大のテーマいかに労働せずに生きるか、が失敗に終わりそう。なーに舐めたこと言ってんだって怒られそうだけれど本気の話。

【好き】を仕事にできたらいちばんだけれど、とても困難なことだと切に感じてからは、それなりに自分に合った仕事をしながらできるだけ楽に死なない程度の暮らしを維持するか、に焦点を当てて生きている。それを誰かに話したり大きな声で主張したりすることはないけれど、似たような考えの人が割といることをうっすら知っている。それは私をうっすら安心させる。できるなら労働なんて苦痛なことしたくないし、苦痛じゃない労働と巡り合えるなんて宝くじ当たるくらいの確率だろう。特に私のようにたいした能力もなく、そのことに焦りも感じずのうのうと生きてきた人間には。

長々と言い訳したところで、なぜ失敗に終わりそうかというと週5で働くことになってしまったのだ。いや、世の中には週5もしくはそれ以上働いている人がたくさんいることは分かっている。分かったうえで上記のような心持ちで生きているから絶対に週5なんて働いてやらないぞ、今のペースで働き続けるぞ、と決意を固めていたはずなのに、深く考えず「はい!大丈夫です!」を連呼してしまったというわけ。脳みそが欠けているのか、私は。これは神から怠惰な己への鼓舞だと捉えて頑張ってみようかと思う。

2024-02-14 (Wed.) 16:18

 

感情に品行方正など

自分の感情すら100%把握できたことだってないのに他人の感情なんて分かるわけがない。この人私のこと嫌いそーと思っていた相手に実は好意を持たれていた、なんてよくある話だ。その逆も然りだが。

もちろん相手の気持ちを考えたり機敏を読むというのもコミュニケーションの一環だが、それらに囚われすぎると神経が摩耗する。彼は私ではない、私も彼ではない。互いに完全に理解することなどできない存在だと割り切ったうえで関わっていけたら。と表面上は考えるが、人間はどこか期待してしまうさみしい生き物だ。この人なら私のことを分かってくれる、もしくは彼のことなら分かってる、と自分本位に思い込んでしまうほどの相手と出会うたびに、絶望的に心酔し、いずれも一直線で破滅してゆく。感情に品行方正など求めてくれるな、と。私はそんな心模様も生き様も愛おしく思う。

なんだか誰か宛みたいになっちゃった。誰かに向けた文章ではないけれど誰かに届いたらいいな、って強欲が過ぎるね。

2024-02-15 (Thu.) 14:07

 

春の陽気

春の陽気の訪れを感じた午の刻。春の陽気って、春という人格が陽気みたいでかわいい。最初に思いついた人の感性がとても好き。春が好きなのが伝わってくる。私も秋に並ぶくらい好きだけれど、春も秋もどんどん短くなっていてかなしい。暦ではなく体感としての彼らが。

みんな気温の話が好きだから服装間違えちゃった、動いてたら暑くなっちゃった、とまるで私が天気を操る神かのように随時報告してくれるからまるごと愛してしまった。

帰り道、この波に乗ったるで!と意気込んで久しぶりにアイスを買い早速食べてみた。もし事件に巻き込まれて事情聴取を受けたら「アイス食べながら家に向かってました」「いや、いい歳なんだからどっちかにしようよ……」などといったやりとりをするのだろうか、と考えながら。ふと目線をうつすと、真っ赤な郵便ポストに木の葉のシルエットがぼんやりと乗っかっていて、それがどんな絶景よりも美しく見えて泣きそうになってしまった。こういった微かなきらめきのおかげでこの世にとどまれている気がする。

2024-02-16 (Fri.) 14:38

 

不自然な表情

顔のつくりのせいか普段表情が乏しいせいか分からないけれど、マスクをつけた状態で表情筋を酷使するとマスクと肌が擦れて肌荒れしまくるのだ。インナーマスクをつけたり敏感肌向けのマスクを試したりと試行錯誤してきたが、いちばんの解決策はできるだけ表情筋を使わないことだ。

そんなこといっても社会生活を営むうえで人と関わることは避けられない。なんか怒ってる?と思わせてしまわぬよう、目だけで笑顔のようなものを浮かべたり腹話術のようにできる限り口元を動かさず喋るといった謎のスキルを身につけてしまった。履歴書に書いたら99%落ちるだろう。このままでは脱マスクな世の中になったとき、不自然な表情な人と覚えられてしまう。まずい。自宅でパソコンを触っている今ふと微笑んでみたら微笑みとはほど遠いにやけづらが画面に映り、とりあえず見なかったことにした。

コンプレックスをゼラチンで固めたような人間だから幾度となくマスクに救われてきたが、マスクによる不利益からも逃れられない。マスクに振り回されている。

2024-02-17 (Sat.) 21:10

 

創作って

最近あんまり短歌が投稿できていない。別に自分に課しているわけではないし、むしろ短歌をきらいになりたくないから無理につくることはしないと言い訳がましく決めているけれど、さすがに気まぐれ過ぎてよくないのかなって。

当たり前のことだけどつくらないと自分の許容ラインに届くものも生まれないし、つくらないと評価してもらうこともできないし、つくらないとなにも始まらなない。創作を愛する端くれとして嫌というほど感じてきたこと。仕事にしたい、収益を得たい、と目指すのなら絶対に今の私ではだめ。でも今の私は根底にある好きと心の安寧のために趣味として創作をしているわけで。なのに張り詰めたメンタルで取り組んでいた時期の私がいなくなってくれない。はやく消えてほしい。

楽しく適度に打ち込める趣味がある、ってとても恵まれてること。年齢を重ねるにつれてそう強く思うようになった。どうやって負担にならない程度に心から楽しんでいたのか思い出せない。

2024-02-18 (Sun.) 17:51

 

私×3のひと

今の環境に私の三倍以上生きているかつとてもよくしてくれているひとがいる。三倍以上生きている、なんて珍しいわけでもなんでもないけれど、なんで?ってくらいよくしてくれている。なにかと気にかけて声を掛けてくれたり、よく飴ちゃんやちいさなゼリーをくれたり。その心配りに何度も救われてきたし、きっと今までもこうやってこのひとはたくさんの人間を救ってきたんだろうと思う。

そのひとと天気がどうとか他愛もない話をしていたとき、私が年齢を重ねても○○さんのようになれる気がしない、といった内容をふと呟いたらそんなことない、と笑い飛ばしくれて。ああ、このひとには勝てないなって漠然と思った。別に勝負なんてしてないし勝ちの基準も分かってないけれど。体力のことだと捉えて返されたっぽかったけどそれでも勝てないことには変わりない。

年配の方と関わる機会が増えてから、人間の生き様は佇まいや顔に怖いくらい出るのだと改めて感じることが多い。顔って造形じゃなく表情のつくりかたや顔つきのことで。

2024-02-19 (Mon.) 14:55

 

朝の活力

やっとあたたかくなってきて今年はじめて太陽のにおいを感じた。紫外線も日焼けも心から苦手だけれど太陽のにおいは非常にラブである。厳密には太陽のにおいではなく、許容量を超える紫外線を浴びたなんらかの物質が放っているなんらかのにおいな気がする。太陽のにおいなんて確認できたときには文字通り燃え尽きているだろう。それはそれで気になるけれど。

そんなことを考えていたらいつの間にか到着し、開錠のため警備室に入る。私が早番のとき警備の年配の男性がいつも個包装のちいさなお菓子をくれる。「朝の活力」と一言添えて。いつもできる限りの笑顔でありがとうございます、と応えることしかできず申し訳なさが残る。とても嬉しく感じていて、その心遣いに救われていることを伝えたいのに。どうしたらいいかな。

どうでもいいけど朝の活力って略したら朝活になるじゃんね。意味変わってくるけれど、それも含めて面白い。確かに朝活は活力になりそうだし。実はあの警備さんはそんな㊙︎データを私に伝えるのが目的で、お菓子はその手段でしかないのかもしれない。

2024-02-20 (Tue.) 13:31